【コラム紹介】アピアランス設計を理解するには

当社CTOでもある、東京工業大学 環境・社会理工学院 中村 芳樹教授による『照明工業会報』への寄稿文を紹介します。
『アピアランス設計を理解するには』という内容です。是非ご高覧ください。文末にPDFリンクもございます。

【技術コラム】アピアランスに基づく照明設計

第1回 照度に基づく設計から輝度に基づく設計へ

1. はじめに

今では流通する照明用光源のほとんどがLEDとなった。LEDは、導入当初こそ発光効率の高さが特徴であったが、フローのほぼ100%がLED照明器具となり、LED単体の発光効率もほぼ200 ℓm/Wにまで上がって横並びとなり、限界といわれる270 ℓm/W 程度にも近づい今では流通する照明用光源のほとんどがLEDとなった。LEDは、導入当初こそ発光効率の高さが特徴であったが、フローのほぼ100%がLED照明器具となり、LED単体の発光効率もほぼ200 ℓm/Wにまで上がって横並びとなり、限界といわれる270 ℓm/W 程度にも近づいてきた。照明器具の訴求力をエネルギー消費効率だけに求めることはそろそろ限界に近いだろう。おそらく照明メーカー各社とも、次にどのような形で訴求力を上げていけばよいかを、真剣に検討し始めていることだと思う。 そのような中、まず考えそうなものが演色性であろう。しかしながら、今ある演色性の評価指標を使って、旧来の考え方に基づいて性能向上を図っても、その答えは容易に推定できる範囲のものでしかなく、分光分布を比較的容易に調整できるようになった現在では、それで大きな差別化を図ることは難しいように思う。できればこれを機会に「そもそも論」から始めてはどうか。これが筆者の提案である。
そもそも照明が必要とされるのは、光がなければ物が見えないからである。そして物は、光が異なれば、さまざまな異なる見え方(アピアランス)を提供する。そうすると、照明の良さを説明する最終的なロジックとは、「ここでは物を~のように見せる必要がありますが、それには~のような光が必要で、それを提供するのが、この~という照明器具を使った~のような照明設計です」というものになるはずである。このロジックを展開するためには、われわれが現実の物の見え方を正しく捉えていることが重要になるが、そのために基本的に重要なものが、目に映る画像である。
人が物を見る基本的な機構は、ほとんどすべての読者がご存知の通り、外部環境の様子を網膜に像として結像するという目の機構である(図1)。小難しくいえば、3次元の外部環境が、2次元の網膜像に射影変換され、それが目に入力されている。大切なことは、そのような網膜像を基本データとして、われわれの視知覚が成り立っているということである。ただ、われわれの目に見える外部環境は、あまりにもリアリティがあって、このような陳腐な画像から成り立っていることに、正直なかなか合点がいかない。しかしこの事実を疑う人は目をつぶってみればよい。何も見えなくなり、物の見え方も判断できないはずだ。目をつぶることで失われるものは何か。それは両目に結像された網膜像のみである。 われわれは、このようにして外部環境を見ているわけであるから、見え方、すなわちアピアランスを考えるなら、画像を考えなければならないことは明らかであり、その画像は、後述するように、目に入射する光から構成されたもの、すなわち輝度の画像であって、照度ではない。そしてさらに、色を扱うとすると、輝度と線形関係にある色光(筆者はそれを測光色と呼んでいる)を扱わなければならない。現実環境では、さまざまな輝度画像(測光色画像)がさまざまなアピアランスを作り出している。アピアランスには、視認性(見えやすさ)やグレア(まぶしさ)も含まれ、知覚される「明るさ」ももちろん含まれる。筆者は、それらのアピアランスを直接調整することを最終目標として、必要な光を考え、必要な照明設計を行うことを目指しており、これをアピアランス・デザインと呼んでいる。最終的な照明の良さを説得するロジックは、このアピアランス・デザインに他ならない。これが筆者の主張である。
今回の技術コラムでは、このような考え方や、この考え方に基づき具体的に輝度画像を扱う方法を、できるだけ実務をイメージして順次紹介する予定である。ぜひこれらをご理解いただき、アピアランス・デザインを実務に役立てていただくことを期待したい。なお、今回の連載では、複雑さを避けるため、色をできるだけ扱わないことにしたい。

2. 光は存在するだけでは目に見えない

唐突だが、まず、光環境を設計する者が最も陥りやすい誤りを指摘してみたい。それは「光は目に見えるものである」という認識である。あまりにもキャッチーな表現で恐縮なのだが、事実光は、単に存在するだけでは目に見えないものなのである。
極端な例ではあるが、自分が宇宙空間にいて、太陽方位と直角方向に視線を向けている場合を考えてみよう。このとき、目の前の空間には太陽から大量の直射光が与えられているが、その光は目の前の空間を素通りして、はるか彼方に発散してしまい、このとき目に見えるのは、向こうに見える暗黒の宇宙のみで、光を感じることはない。すなわち、目の前の空間には大量の光が存在する(通過している)にも関わらず、われわれの目にはそれが見えないということである。しかしここで、自分の手を目の前にかざしてみる。すると手に太陽からの大量の光が当たり、手が光り輝く。このときわれわれは、手に強烈な明るさを感じ、光が大量に存在することを初めて知る。
図2に示すのは照度と輝度の関係である。これらの定義はおそらく照明にかかわりのある人なら誰でも知っていることだろう。照度は面に当たる光の量であり、輝度は(ある小領域から)目に入る光の量である。しかし定義を知っていることと、その本来の意味を知っていることの間には大きな隔たりがある。この二つの定義から、前述のような状況を想像したことのある人は、ほとんどいないのではないだろうか。
そのような状況は想像上でしか起こらない、そのように考える読者も多いことだろう。しかしこれと類似の現象は通常の部屋でも十分起こりうる。 部屋が暗いというクレームを受けたとしよう。このとき、とりあえず天井照明器具の全光束を上げれば、それで暗いというクレームはほぼ解消できるように思える。しかしながら、すでに述べたように、宇宙空間における手にあたるもの、すなわち光を有効に反射する壁や床といった面がなければ、いくら光の量を増やしても明るく感じることはない。もし床のカーペットの色が暗ければ、すなわち床面が光を反射する効率が悪ければ、いくら光束を増やしても床面の輝度はほとんど上がらず、部屋を明るくすることはできない。ここでこの部屋に白い机を置く。すると机の白い面が光を受けて高い輝度を持つことになり、おそらく暗いというクレームが解消されることになるだろう。暗いといクレームを受けたときの最も有効な解決方法が、天井照明の光を受ける反射面をつくり出すこと、すなわち室内に白い机をセットすることであった、という笑えない話も十分ありうる。
このように、光を知覚させるためには、光を反射する面をつくり、目に見える光、すなわち輝度を作り出すことが必要である。輝度をもつ面を作り出すことで、光は初めてわれわれの目に見えるようになる。そして実環境にあるさまざまな部位の輝度は、われわれの目に網膜像として投影され、さまざまなアピアランスを作り出すことになる。

3. アピアランスとは何か

われわれがある視対象(見ようと意図している対象)を見ようと目を凝らすとき(中心視:focal vision)、あるいは環境全体を何となく見渡すとき(環境視:ambientvision)、その視対象や環境全体の光学像は、眼球の奥にある網膜に結ばれ、われわれは網膜に結ばれたその画像を知覚する。すなわち、目という受容器を通して入力される知覚刺激はもともと投影された画像である(このような投影を透視投影、あるい中心射影という)。そのため、部屋や物体の見え方、すなわちアピアランスは、言葉や一つの物理的指標を用いて正確に伝えることは難しく、画像としての表現が必要となる。すなわち、アピアランスを過不足なく説明するには、パースペクティブな画像が不可欠である。パースペクティブな画像の簡易的なものが写真である。多くのインテリア照明に関係する雑誌が写真であふれ、プロのインテリア写真家という職業が存在することからわかるように、うまく撮影された写真はアピアランスを過不足なく図2 照度と輝度 伝えることができる。しかし写真はあくまで簡易的なもので正確とはいえず、正確な画像が輝度画像である。輝度画像は、基本的には白黒写真と同じようなものだが、各画素には輝度の絶対値が格納されている。
全視野を含む輝度画像(色を含む場合は測光色画像)を正確に眼前スクリーンに再現すれば、ほぼ同じ視覚体験ができると考えられる。もちろん、現実空間では、われわれは両目を用いて視差を感じるし、見ようとする対象によってフォーカスを変えているし、移動しながら対象を見ることも多いから、全く同じというわけではないが、ほとんどの視覚的な体験は再現可能であるといってもよいだろう(図3)。
このような視覚体験をここではアピアランスというが、別段アピアランスという言葉をあえて使わずとも、「見え方」といっても良いようにも思える。ただ、現実環境での視覚的な体験をよく考えてみると、あらかじめ視対象が想定されている場合もあるが、想定されてはいない視対象が生ずることも多々あり、この両者を含めた見え方を表現する必要があるため、ここではアピアランスという用語を用いる。
立体的な彫の深い物体、たとえば人の顔に光を当てて見え方を観察すると、視対象である人の顔の見え方は光の当て方によって変化する。顔の正面から蛍光灯のような拡散性の高い照明器具で光を当てると、人の顔はに見えるし、一つのスポットライトだけで斜め上から光を当てると、その同じ顔が彫の深い立体的な顔に見える。
そして蛍光灯とスポットライトを組み合わせて、その出力をさまざまに変化させると、人の顔の見え方はさまざまに変化する。これは、良く知られた光によるモデリングの効果である。
人の顔というように視対象がはっきり想定されている場合、見え方という言葉を使えばこの光の効果を十分に説明できる。しかしながら少し視点を変えて、陰や影に注目して説明しようとすると状況は異なってくる。蛍光灯で正面から光を当てたときには、人の顔には陰や影はない。それが、スポットライトを斜め上から当てると陰や影が出現し(appear)、蛍光灯とスポットライトを組み合わせて出力を変化させると、現れた影の強さや陰の深さ、すなわちそれらの見え方が変化する。影や陰はもともと視対象ではなく、光の与え方によって新たに出現したものであり、アピアランスという言葉は、このような「新たに出現して見えるもの」という視点も含んでいる(図4)。
読者の多くは、想定していないものが何かの拍子に出現することはそれほどないだろうと思われるかもしれないが、これは結構頻繁におこる。たとえば、昼光を利用しようとして窓を大きくとると、その脇の壁や柱には陰が出現するし、オフィスのような広い空間で床置きの天井間接照明器具を点在させると、明るい部分と明るい部分の間に暗い陰が出現する。また、天井から自然の光を有効に導入する照明を設計し、室内の照明を電球色とすると、天窓に照らされた部分に青い色が出現する。

4. 照度に基づく設計から輝度に基づく設計へ

アピアランスの設計では、シミュレーションを用いてパースペクティブな輝度画像を生成し、これを表示したり、解析したりして、設計が現実化したときの視覚的な体験を推定しながら設計を進める。すでに述べたように、アピアランスは輝度画像がなければ表現できないからである。そのため結果的に、アピアランスの設計では照度ではなく輝度を用いることになるが、照度を単純に輝度に置き換えるだけではいけない。一点の輝度ではアピアランスを推定することができないからである。
一方、経験豊富な照明デザイナーは、照度を用いてアピアランスを検討しているように思える。照度だけから輝度画像を推定することは、論理的に不可能であることは確かなのだが、実は多くの制約条件をつければそれが可能となる。場数を踏んだ照明デザイナーは、この制約条件を経験値としてもっているため、照度を用いてアピアランスを検討することができる。一方、普通のエンジニアにそのような経験値はない。そのような場合には必ず輝度画像を生成し、それに基づいてアピアランスを検討しなければならない。エンジニアは、照度だけではアピアランスがわからないことを、まずは素直に認めるべきであろう。
アピアランスは、上述のように影や陰の見え方であったり、部屋の雰囲気であったり、また従来から照明環境の基本とされる、視認性(明視性)やグレア、そして知覚される明るさも含まれる。ここでこれらのアピアランスの出現の仕方をよく観察すると、輝度変化の状況がとても重要であることが分かる。陰や影は明らかに周辺よりも輝度が低い部分に生ずるし、部屋の雰囲気も、輝度の不均一な状態と深い関係があることは間違いない。そして視対象の視認性は、視対象の大きさと、輝度、周辺との輝度対比で説明され、グレアの程度は、グレア源の大きさと輝度、周辺との輝度対比、そして視線方向からのずれによって推定される。これらに共通するのは輝度変化や輝度の対比である。すなわち、アピアランスを推定する肝は輝度の対比であるといえる。そこで次回は、この輝度の対比を輝度画像から客観的に抽出する方法を中心に紹介したい。

5. おわりに

アピアランスに基づいて光の効果を検討するためには、輝度画像が必要で、アピアランスを物理的な根拠に基づいて検討するためには、その画像を定量的に分析することが必要である。ただ、大まかな検討でよければ、頭の中に実現されるだろう画像を思い浮かべ、その精度を検証する必要がある場合にだけ、シミュレーションを利用するという方法もある。キーワードは画像である。 次回は、アピアランスを物理的に推定するための第一段階として、輝度画像データを扱う方法を具体的に紹介する。


第2回 輝度画像を分析する技術

既往の明るさ知覚、グレア、視認性の推定式、実環境における視環境評価パラメータの抽出、見え方を近似する画像変換

第3回 測光色画像とアピアランス

測光色画像とは、色の恒常性と測光色コントラスト、測光色コントラスト画像、アピアランスを変化させる照明の効果

第4回(最終回)アピアランスに基づく照明設計の進め方

ニュートンとゲーテ、視覚体験の共有化、これからの照明設計

これら、『第2回 輝度画像を分析する技術』から『第4回(最終回)アピアランスに基づく照明設計の進め方』までを下記PDFにまとめています。ダウンロードしてご高覧ください。

アピアランスに基づく照明設計 _28照明工業会報201711-201805号